黒島洋平さん

黒島洋平さん

黒島洋平さん

高校卒業後、美容室に勤務しながら美容専門学校を通信カリキュラムで修了、美容師国家資格取得。日本で8年の経験を積み、2015年よりミラノのサロンOtto勤務、定休日にはフォトシューティングでスタイリングを担当。2016年夏にはニューヨークのサロンで1か月間研修予定。

SOURCE: http://orangecareer.tokyo/2016/06/07/interview-10-%E3%80%80%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%8E%E3%81%A7%E6%B4%BB%E8%BA%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E7%BE%8E%E5%AE%B9%E5%B8%AB/

 

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川瀬まりさん

川瀬まりさん

川瀬まりさん

大学卒業後、外資系企業に入社、役員秘書。退職後、大学に編入し心理学を専攻。卒業後ドイツで働いている婚約者とドイツで生活を開始、2007年末より夫婦でベルギー移住。UCL大学で心理学を学び、2012年に臨床心理士の資格取得、現在ブリュッセルにあるメディカルセンター勤務。

 

SOURCE: http://orangecareer.tokyo/2016/05/13/interview%EF%BC%96%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%81%A7%E8%87%A8%E5%BA%8A%E5%BF%83%E7%90%86%E5%A3%AB%E3%80%80/

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森本愛さん

 

森本愛さん

森本愛さん 大学在学中に1年間フランス・ディジョンに語学留学。その後パリに移り就職活動、映像プロダクションに3年程勤務。帰国後フランスの有名パティシエ、ピエール・エルメの広報職、ギャラリー勤務を経て再び渡仏し、リヨン大学コミュニケーション学科に編入。大学院でのスタージュでパティスリー、セバスチャン・ゴダールと出会い、そのまま入社、現在はゴダール氏の片腕として広報から人事までブランディングコミュニケーションを担当。一方でフランス語のオンラインスクール「フランス・ダイレクト・スクール」で講師を務める。パリでオリジナルな旅をしたい、フランスで活躍したい日本人女性をサポートする「パリライフコレクション」を有志と立ち上げ活動中。一児の母。

 

 

SOURCE:http://orangecareer.tokyo/2016/07/11/351/

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佐藤勇志さん

佐藤勇志

佐藤勇志さん

学生の頃からいつか起業したいとは思ってました。アディダスにいたときもずっとモヤモヤしていました。お客さんの顔が見えないことに憤りを感じていて、現場に行きたいけれども、一方で来る仕事のオファーがユニークで面白そうだから、僕も結局そっちを取ってしまうという感じだったんです。

戦略的なことをやり続けながらも実際にフィジカルなものをつくりだせないことがもどかしくて、ある日プログラミングの勉強をしようと思いました。1ヶ月の休暇をばーんと取って、それを勉強の時間にあてました。寝る時間以外はずっとプログラミングをしてました。  まだアディダスを辞めるとは決めていなかった頃です。でも、プログラミングをやっているうちに、PinterestやTwitterのクローンみたいなものをつくれるようになってきて、自信が出てきました。

そのときに、ずっと個人的にやってみたかった今のBerguideのアイデアが蘇ってきたんです。よし、やるなら今だ。失うものはないし、大企業で働く特権なんてどうでもいいと思って、アディダスを辞めちゃいました。

しばらくは貯金でやり繰りして、MVPをローンチさせてからお金を集めようと思っていました。

 

大学2年ぐらいのときから趣味で登山を始めたんですが、海外に来てからは自由な時間も増えたので、よく行っていたんです。

世界中のいろんな山に行きましたが、特に途上国の山はガイドを見つけるのが大変なんですよ。山の情報ってネット上に散乱しまくっていて、調べるためのコストがすごく高い。ボリビアのガイドなんかは、オンラインでブッキングすると現地で探すよりも2倍の値段がついています。ほとんどのマージンはアメリカやイギリスにオフィスがあるような会社に行っているんです。

そういう状況を知るようになり、ボリビアで登山したときは現地で5、6件のツアー会社に直接あたって、ガイドを見つけました。そのときに「プライベートで英語を話せるガイド」を予約したんですが、いざ登山となるとスペイン語しか話せないガイドが率いるグループツアーに放り込まれていました。希望とは違いましたが、会社の休暇の日程も決まっていて日程変更もできないので、とりあえず行きました。

低地から一気に高い場所に行ったので高山病にかかって、他の登山者よりもかなり遅れながら進んで行ったんですが、5000メートル地点でもうこれは無理だと思って引き返そうと思って。「あきらめる」とガイドに言ったら、「ノーノー」と。ガイドはガイドで、上まで行って仲間と話したかったみたいなんです。登って行くしかない状況に追い込まれましたが、5500メートルのハイキャンプで苦しんでいるところを他の登山者に見つけてもらって、彼にもたれかかるようにして降りて行きました。本当に危なかったんですよ。

そのあとにツアーオフィスに行ったら、よく分からない言い訳をされました。すると、そのオフィスにゲストブックがあって、ツアーに参加した登山者のコメントがいろいろな言語で書かれていて、8割ぐらいはネガティブなコメントでした。そのとき、これをオンライン上で事前に見ることができていたら、絶対に予約しなかったと思いました。

一方で、僕が登山にのめり込むようになったきっかけも、日本で良い登山ガイドに巡り会えたからでもあるんです。良いガイドさんもいれば、自分とは合わないガイドさんもいる。だから、もっとマッチングをうまくできる方法があったらいいのに、オンラインでそのプロセスを簡単にできるものがあればいいのに、とずっと思っていました。

 

SOURCE: http://www.recruit.jp/meet_recruit/2016/05/gl12.html

 

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富田睦子さん

IMG_74191.jpg富田睦子さん

 

富田さんが初めてベルリンにやって来たのは、1985年。それまでは、大学でドイツ文学を勉強し、卒業後は東京のカフェでバイトをしながら、ゲーテ・インスティテュートでドイツ語を勉強していました。

「デヴィッド・ボウイのファンで。アルバム『ヒーローズ』が好きで、ベルリンに住みたかったんです」

当時のベルリンは、『ヒーローズ』や、映画『クリスチーネ・F』の世界そのままだったとか。世紀末の、退廃的な空気が流れていたそうです。
富田さんが住んでいたのは、ベルリンの壁が開く前のクロイツベルク地区。バーやカフェが並ぶこのエリアへ毎晩のように出かけては、時代の空気を味わっていたのでした。
「もう毎日ベルリンに浸かっていて。このまま人生が終わってもいいと思いましたよ(笑)」

 

 

 

SOURCE: http://osanpoberlin.blog.fc2.com/blog-category-14.html

 

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高津戸優子さん

IMG_8577.jpg高津戸優子さん

 

高津戸さんは、東京芸術大学在学中に東京のギャラリーでドイツ人アーティストと出会ったのがきっかけで、大学卒業後にミュンヘン芸術アカデミー(Akademie der Bildenden Künste München)を受験し、合格。最初の3年間はミュンヘンに住んでいましたが、そことは異なるエネルギーを感じたベルリンに2013年9月に引っ越してきました。
卒業を間近に控えた現在は、ベルリンを拠点に制作をしながらミュンヘンの大学に通っています。

 

 

SOURCE: http://osanpoberlin.blog.fc2.com/blog-category-14.html

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杉浦明日美さん

杉浦明日美さん

医者になって10年目になった。医学部6年生の臨床実習で救急科をとり、そこで集中治療に出会い一瞬で虜になり、それから11年。想像を遥かに超えた幸運な出会い、チャンスのお陰で今、トロントにいる。

日本では各科の医師が集中治療室の急性期重症患者を管理する。私自身は医師免許取得後、麻酔科、救急科の修練を積みながらいずれ「欧米型」の集中治療を学びたいと願っていた。欧米型というと、集中治療室に入室した患者は他のどの専門医でもなく「集中治療医=Intensivist」が全身管理を行う。Intensivistはそのためにトレーニングを積んだエキスパートだ。

カナダ、トロントは集中治療部門の世界最高峰と言える臨床・研究・教育を兼ねそろえた地である。2009年にトロントのIntensivistが招請講演で日本に来た際、私の兼ねてからの願いを聞いたその師は、迷いもなく私をトロントでの研修に招いてくださった。

日本とトロントの医療を比べれば本当に大きな違いがある。まず驚いたのはこちらの効率主義、システム化を得意とする点である。日本なら主治医が患者の手を取り、最初から最後まで全ての面倒をみると言って過言ではない。こちらではチーム制。主治医も週替わりするという日本ではあまり想像もできないやり方で物事が進んでいる。

集中治療は人の生死に遭遇するというのはどちらも変わりないが、その場面がいかに文化的背景、人種、宗教観を反映するかということを思い知った。裏を返せば、日本がいかにトーンのそろった国であるかということを、海外に出て初めて感じた。

2012年からは研究の分野へも挑戦している。駆け出しであるが、ここでも指導医との大きな出会いにより一人のclinician-scientistとして温かく見守られながら自立へと導かれ、興味ある分野をのびのびと探求させていただいている。

超重症例が国中から集まり本当に学び甲斐のある臨床・恵まれた環境での研究、ともにトロントに居る幸運に感謝してもしきれない。それは数々の出会いなくしては実現して来なかった。今後どこにいようとも夢を忘れず、周囲で支えてくれる方々を大切にし、邁進していきたいと思う。
Asumi Sugiura, MD.
Research Fellow, Neurosciences and Mental Health, The Hospital for Sick Children
Clinical Fellow, Critical Care Medicine, University Health Network and Mount Sinai Hospital
Interdepartmental Division of Critical Care, University of Toronto, Canada

 

 

SOURCE: http://www.torontoshokokai.org/trillium/201402/zuihitsu_0214.html

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Sayuleeさん

シンガーソングライター Sayulee

 

Sayuleeさん

さゆりー●日本生まれニュージーランド育ちの、ダブルカルチャーなシンガーソングライター。

幼い頃の夢であった音楽の道に進むことを決意し、ニュージーランドの音楽学校に入学。学年選抜ツアーチームでメインボーカルとして年間300以上の国内ツアーを敢行。
ラジオ、TV出演のほか、南半球で最大規模の音楽フェス“Parachute”に3年連続出演し、同イベントで1位を獲得。

現在は活動の拠点を日本に移し、自身のライブや、清木場俊介、クリス・ハート、加藤ミリヤ、AI、AK-96といったメジャーアーティストとのコラボやバックコーラス、多数のCMソングを担当するなど、多岐に渡り活動中。

特にYouTuneでの投稿動画数は500以上を数え、総動画再生回数は1000万回を超え、キナ・グラニスとの共演も果たすなど多くのファンを魅了するYouTubeクリエイターとしても活躍中。2011年から2012年にかけてYouTubeで「Singing Sayulee × 365」という365日チャレンジを達成し、海外にもファン層を広げた。

2015年1月14日にはJ-POPメガヒットソングのアコースティックフルカバーアルバム『1st Songs』をリリース。発売記念のインストアライブで精力的に全国を回っている。
2015年3月2日よりストーリーのある歌詞を一般募集し、それにSayuleeが音楽をつけ、YouTubeで発信する参加型プロジェクト「Your Song」をスタート。

 

 

 

 

SOURCE: http://nzdaisuki.com/topic/interview/sayulee

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コッティ・コッツァさん

Evolu 代表 コッティ・コッツァコッティ・コッツァさん

ハンガリーから難民としてニュージーランドに移住してきたワインメーカーの父と園芸家の母のもとに生まれ、子供の頃から植物や天然原料の知識を得る。

高校・大学でフランス語を専攻し、卒業後、フランス語教師となる。その後、ニュージーランド航空のキャビンアテンダントに転進。飛行機内の乾燥や時差による睡眠不足から肌荒れに悩まされ、母のアドバイスを得てナチュラルなスキンケアを手作りするようになる。同僚のキャビンアテンダントからの評判もよく、「コッティズ・クリーム」という名称でハンドメイドのスキンケアクリームトリップバームの販売を開始。1997年にEvolu社を設立。現在、同社はニュージーランド有数のナチュラルスキンケアブランドとしてさまざまなスキンケアプロダクツアワードを受賞するなど世界的に高い評価を得ている。

趣味はパドルボード、愛犬との散歩、ヨガ、料理、読書。

 

SOURCE: http://nzdaisuki.com/topic/interview/kati-kasza

 

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熊野淳司さん

写真家 熊野淳司熊野淳司さん

17歳でサーフィンを始める。大学生の頃、ロングボードのバレルを見たことをきっかけに「これを写真に残したい」と考えるようになる。サーフトリップで出かけたバリ島でテロに遭遇し、「人生は何が起こるかわからない」ことを実感。本当に好きなことを追求すべく本格的に写真家の道へ進むことを決意。日本写真芸術学校を卒業後、アルバムの制作会社、スタジオ勤務を経て2008年にフリーに。

2009年12月から2011年2月までワーキングホリデーでニュージーランドを旅する。ニュージーランド滞在中に山歩きの楽しさを知り、日本帰国後は海のほかに山へもフィールドを広げて活動中。2014年5月、サーフィン雑誌『Blue』の取材のため、再びニュージーランドを訪れた。

 

 

SOURCE: http://nzdaisuki.com/topic/interview/junji-kumano

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